新撰組の組員たちを紹介していきます。

新撰組の組員

■新撰組の組員
新撰組の組員たちを紹介していきます。

■新撰組の歴代幹部
新撰組の歴史の中でも名士といわれる幹部を紹介します。まずは全盛期の局長であった近藤勇です。農家の三男として生まれた近藤は江戸で剣術を習い26歳で宗家を継ぎます。28歳で浪士隊に応募し後に新撰組の局長となります。慶応4年、新政府軍に捕らえられ35歳で晒し首となりました。副長であった土方歳三は幼くして両親をなくし兄夫婦に育てられました。近藤勇との信頼関係は厚く常に新撰組を取仕切り局長を補佐していましたが、実際は気さくな人柄だったようです。女性にも人気がありましたが生涯を独身で通しました。近藤への忠義を通すため、五稜郭で幕府軍としてはただ一人戦死しました。享年34歳でした。

■他にもいた名士たち
新撰組を語るとき、忘れてはいけない人たちもたくさんいます。悲劇の名士と言われる沖田総司は、新撰組の一番隊を率いる助勤として活躍しました。幼くして両親を亡くした沖田は子供好きでも知られていました。その剣の腕は天才的といわれましたが、当時不治の病といわれた結核を患います。1867年終わりには病状が悪化し、翌年26歳の若さで亡くなりました。二番隊長を務めた長倉新八も18歳で免許皆伝を受けるほどの剣の腕でした。池田屋事件では近藤、沖田と共に怪我をしながら奮闘しました。病に伏せた沖田の一番隊も同時に指揮をしながら任務をこなしました。その後江戸に戻り、近藤・土方の墓碑を作りその功績を後に残しました。晩年は小樽で暮らし、76歳で亡くなりました。このように激動の時代を共に生きながら、その生き様も人それぞれに激動であったといえます。

記事へのコメント

※左の画像に書かれている文字をそのまま入力してください